新入生の証
✤2026年4月6日(月)に神学校において、第72回入学式がもたれました。新入生1名を迎えました
主の命令に従います
新入生 小池 新(4年課程1年・調布BBC)
2019年宣教キャンプに参加しました。当時の私は聖書を読むことやメッセージを聞くことが苦手で、キャンプや賛美、交わりなどが嫌いでした。主へ感謝したことが無かったと思います。
キャンプでイエス様の十字架の本当の意味を知っていますか?というメッセージがありました。私は子供の頃から十字架の話を何回も聞いていましたが、本当の意味を知らなかったのだと思います。私は自分の罪を示されました。イエス様は罪深い私のために、地上に来て苦しみを受けて十字架にかかってくださいました。私はこのことに心から感謝をすることができました。自分の罪を知れば知るほど感謝をすることができました。イエス様を知れば知るほど自分の罪を示されました。
私は感謝と平安に満たされ、救いの確信があり、主の愛を受けてとても幸せでした。しかし、このままでは私だけが幸せだと思いました。全ての人に主を知ってほしいと思いました。
キャンプの最後の集会のメッセージは宣教の大命令について語られ、使徒の働き1:8、マタイの福音書28:18-20の御言葉が与えられました。
私の罪のために苦しんで十字架にかかってくださり救いを与えてくださった主が、私に宣教をしなさいと言われました。私は主の命令を素直に受け入れました。どのような形でも良いので主の証人として用いてくださいと祈りました。
2021年、礼拝で働き人の必要について語られました。調布教会でも働き人を必要としていると語られました。私は働き人の必要のために祈るようになりました。働き人の必要のために祈っても、自分が遣わされることは考えませんでした。私は若く、経験や知識、力がなく、精神的に幼く、喋るのも得意ではなかったためです。
メッセージを通して、モーセの召命やエレミヤ書1:7-8の御言葉が与えられました。主が御言葉を通して私を励ましてくださいました。私は自分の召しについて祈りました。
2022年、メッセージで御言葉が与えられました。コリント人への手紙 第一1:26-29「自分たちの召しのことを考えてみなさい。人間的に見れば知者は多くはなく、力ある者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。」肉なる者がだれも神の御前で誇ることがないようにするためです。私はその礼拝の招きの時に前に出て献身の祈りをしました。
私は罪が多く、人としても足りない者ですが、その自分の弱さを神に仕えない言い訳としません。足りない者であるからこそ全てを献げて、主が導き用いてくださることを信じて、主に委ねていきます。