オープンキャンパス

オープンキャンパスのご案内 昨年に続きこの春もオープンキャンパスを行うこととなりました。今回も普段の授業を見学していただくスタイルです。チャペルや祈祷会、食事の交わりなど、神学校の日常の雰囲気を感じながら、多彩な授業をご覧いただける機会です。ご興味のある方はぜひご来校ください。説明会や学内ガイドなどもあります。たくさんの方のお越しをお待ちしております。 日時 4 月 21 日〜5 月 1 日 場所 日本バプテスト聖書神学校 * ご案内、申込書、スケジュールなどのPDFへのリンク* 昨年の参加者の証へのリンク 昨年の授業の様子

入学式

第72回入学式のご案内 敬愛する諸教会の先生方、兄弟姉妹方へ 貴い救い主の御名をほめたたえます。 神学校のために、お祈りとご支援をいただいていますことを、心から感謝します。 この度、神学校では、第72回入学式を執り行う運びとなりました。新入生は1名(四年課程)です。主がこの群れに今年もまた献身者を備えてくださった恵みを感謝します。 入学式は、主の召しを受けて学び始める新入生のために祈り、主にあって期待し励ます交わりのひとときです。皆様お誘い合わせの上、ご来席いただき、ともに主の御名を賛美しつつ、新入生の新たな出発を祝福していただければ幸いです。 諸教会の先生方、兄弟姉妹皆様の上に、主の豊かな恵みがありますよう祈りつつ 日本バプテスト聖書神学校 校長 加治佐 清也 記 日 時: 2026年4月6日(月)午後1時~ 場 所: 日本バプテスト聖書神学校 説 教: 後藤 守 師(熊谷バイブルバプテスト教会牧師) 新入生: 小池こいけ 新あらた 兄(調布聖書バプテスト教会) * 教会ごとに別紙「参加者名簿(氏名のみ)」を神学校までご提出ください(4月1日(月)までにメールまたは FAX にて)。 * マスク着用、手洗い等の感染予防については、各自にお任せします。尚、発熱等、体調不良の場合は、別室に移動をお願いすることがあります。 * 式の後、交わりの時間を設けております。茶菓のご用意があります。 * 式のライブ配信を YouTube にて行う予定です。詳細は後日お知らせいたします。 * ご案内のPDFへのリンク * 参加者名簿へのリンク

行事予定

行事予定 12月13日・冬期休暇開始 1月13日・授業再開 2月3日・9月入学生後期開始 3月3日・第2回入学考査 3月6日・第68修了式

編集後記

編集後記 編集者 上田 平安 秋期講座の主題は世界宣教。「宣」という漢字の成り立ちは、「うかんむり(宀)」に「亘」。「宀」は屋根を表し、「亘」の部分は「めぐりわたる」ことを意味します。一説によると、「宣」という漢字は、高位の者が自分の意志を述べ、それを行きわたらせる場、すなわち宮殿を表していたと言われます。天に御座を持つお方の御言葉が、世界にあまねく行きわたりますように。

在校生の紹介

在校生の紹介 ✤現在、日本バプテスト聖書神学校では、7名の神学生が学んでいます。祈りに覚えてください。 渡邊わたなべ 剛志つよし 4年 出身・船橋BBC 奉仕・船橋BBC 岡戸おかど 恵里也えりや 3年 出身・船橋BBC 奉仕・船橋BBC 三浦みうら 基宣もとのぶ 3年 出身・高槻BBC 奉仕・高槻BBC 中村なかむら みどり 2年 出身・熊谷BBC 奉仕・熊谷BBC 中山なかやま 福音ふくね 2年 出身・清水BBC 奉仕・清水BBC 安藤あんどう のゆり 2年(ワーカーズ) 出身・船橋BBC 奉仕・船橋BBC 奥村おくむら 夏葉なつは 1年(ワーカーズ) 出身・清水BBC 奉仕・清水BBC

私たちの神学校と学び

先輩からの一言 私たちの神学校と学び 丸山 しづ子(習志野BC) 「先輩からの一言」への寄稿依頼が、とびこんできました。一期生で女性伝道師は4人生存していますが、一番若い私に大変な荷が迷いこんできたということです。後輩への励ましの言葉は他の方に委ねて、神学校開校当時のことをお伝えしたいとペンを取りました。 1954年4月開校というのに、校舎も教室もありませんでした。「これから主イエス様にお仕えするために勉強ができるのだ。」と喜んで千葉へ来たのに、寮もなく、台所もない学校でした。宣教師たちは旧幕張聖書バプテスト教会の礼拝堂に至る半地下道に天幕集会用のテントを張り、道路側を台所に、もう一方側を男子寮に仕切りました。女性のためには物置場であった3階2カ所を人が住めるように整頓し、女子寮として使うことになりました。お風呂はもちろんありません。JR幕張駅の「開かずの踏切」を渡って、旧14号線沿いのお風呂屋まで、20分から30分かけて歩いて行きました。全てが、これから伝道者として仕えていくために必要な訓練でした。教室は幕張教会の礼拝堂と宣教師宅のベランダでした。私たちは聖書を抱えて教室に行きました。最初、聖書しか持っていませんでした。 「聖書は聖書で学べ。」と教えられました。その理由は、この学校は「日本バイブル・バプテスト教会」の神学校だからです。わかったようで、わからないような、それでいて納得して・・・。アッ、教科書は?というと、「聖書です。」 神学校の先生方は、日本語をよく話せない宣教師たちでした。まだ日本語で教えられるほど語学力がありませんでした。アメリカの神学校で学んできた教科書を、通訳者、翻訳者、英語のできる神学生が翻訳しあったものを大急ぎで和文タイプで打ち、謄写印刷機で印刷して勉強したのです。しばらくして福音派と言われていた教派からバプテスト派に立場を変えられた牧師たちが加わって、教えてくださいました。 その頃、私たちが唯一、手にした参考資料はヘンリー・ハーレイ著の『聖書ハンドブック』でした。授業と言っても、宣教師が開拓伝道を始めるというと、静岡であれ、群馬であれ、皆で宣教師の車に乗って行き(当時は高速道路なんてありませんから何時間も車に揺られ、舗装道路もないので、ホコリで真っ黒になり)、到着するや否や、集会案内のポスター、チラシなどを手作業で作り、ポスター張り、戸別訪問をしてチラシを配り、夜には集会ができるように準備をし、「それ集会!」でした。初来会者への個人伝道も、自分たちが救われた証と、暗誦した聖句を使って主イエス・キリストを信じる必要性を話しました。 月曜日は奉仕先から神学校へもどり、火曜からの勉強の準備、宿題の仕上げ―宣教師は暗誦聖句を出すのが得意で、それぞれの先生が暗誦聖句を宿題として出されるので、多い時は100ケ所以上を覚えて書き出す、といった状態でした。このような神学校の生活は、大変でしたが、開拓伝道や教会成長のために急務でした。3年で1期生が卒業すると、出身教会から招聘され伝道者になったり、全くゼロからの開拓伝道におもむきながら神学校で教える働きにたずさわったりしました。少しずつ神学校の備品、参考書などが整えられていきました。 神様は私のたましいに必要な、そして、他の人に宣べ伝えるために必要な聖書をお与えくださいました。「聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です」(2テモテ3:16)。そして、神様と共に働く者として、神様のしもべとして仕えさせていただいております(2コリント6:1~10)。このような者を選び、召し、お使いくださる唯一の、創造主なる神様に感謝しております。

秋期講座に参加して

秋期講座参加者の証し 秋期講座に参加して 箭内 公正(滝山BBC) 11月4日、神学校秋期講座「世界宣教としての国内・海外宣教」に一日のみ参加して、佐藤一彦先生と井口拓志先生の講義をお聞きしました。それぞれから宣教について考える上で貴重な示唆を頂いたので、それらについて述べたいと思います。 最初の佐藤先生の講義は、ウガンダ宣教の体験談を交えたお話で、とても明快でわかり易く楽しい講義でした。その中で特に心に残ったのは、「外国からの宣教師による宣教を経験している日本人は、宣教される側の気持ちがよく分かるというアドバンテージを持っている」という切り口からのお話でした。宣教する上で、自分が持っている価値観を押し付けるのではなく、相手の風俗、習慣、文化を受け入れていく大切さを改めて思わされました。次の機会には、その国の文化を主体として、そこに福音を受容させていくのではなく、その文化の中で聖書の価値観が主体であるような信徒を育成し、教会を建てあげていくという面についても体験談を交えてお聞きしたいと思いました。 続いて井口先生の講義では、パウロのエペソの長老たちへの決別説教からのお話が心に残りました。「私は神のご計画のすべてを、余すところなくあなたがたに知らせたからです」(使徒20:27)ということばの中で、「神のご計画のすべて」が意味するところは、旧約聖書全体に示されている神のご計画、またその中に隠されている奥義であり、その中心は神の国とその完成であるという解説には共感を覚えました。また、それを前提として宣教を終末論的な視点から考えるという展開はとても新鮮でした。そう考えると、宣教とは神がその計画に従って進めておられる神の国の完成の働きに与らせていただくことであり、イエス様がこのように祈りなさいと教えてくださった「御国をきたらせたまえ」という主の祈りとも符合します。その視点に立つとき、教会の一人一人が神のご計画全体を学ぶ大切さを思わされました。

秋期講座を受講して

秋期講座参加者の証し 秋期講座を受講して 渡邉 博子(名古屋BBC) 今回の秋期講座で学ぶ機会が与えられたことを神様に感謝しております。 今回の講座でまず、聖書に見出す本来の宣教の語源と定義について学びました。 キリスト教会で用いられる宣教という言葉の意味は、「イエス・キリストの福音をまだ信じていない世界中の人々に、神から委託された権威をもって伝え広める活動」である。 「宣教」という言葉は元来「派遣されること/遣わされること」という意味であり神が人類のために、御子キリストを地上に遣わした「派遣」が頂点となる言葉である。 また、「世界宣教は教会のなすべき多くの活動の一つではなく教会の本質的使命である」と学びました。 私の心に響いた箇所でした。私はこれまでどのような思いで教会を捉えていたのだろうかと考えさせられました。講座内容も遣わされる宣教師としての心構えや「すべてを現地から学ぶ」ことなどが大切であること、すべては、イエス・キリストが良き模範者であると学びました。 聖書の中でパウロが「兄弟たち、私たちのイエス・キリストによって、また御霊の愛によって切にお願いします。私たちたちのために、私とともに力を尽くして神に祈ってください。」(ローマ15:30)と諸教会に真剣な願いをしている。 私はこの箇所は今まで深くは心に留めていませんでした。講座を通して、パウロの伝道旅行がいかに厳しく苦しいこと、その時の教会、兄弟姉妹の祈りが彼を支えたことを学びました。 また、「世界宣教の働きに私たちが『共に戦う祈りの援軍』として参加できることはなんと素晴らしい特権だろう。」とも語られました。「離れていたとしても、共に霊的な祈りをもって戦う、同じ信仰を持った力強い援軍がいてこそ、困難が生じる異国地にあっても宣教師は福音宣教を続けられる。その仲間が私たちJBBFフェローシップの諸教会なのである。」と力強く語られました。『共に戦う祈りの援軍』その働きに、私も参加させて頂こうと思いました。 「しかし、聖霊があなたがたの上に臨む時、あなたがたは力を受けます。」(使徒1:8)のお言葉から、一歩踏み出すことによって聖霊が働いて下さる。信仰によって一歩を踏み出す大切さを教えていただき感謝いたしました。 最後に、講座のために準備して下さった先生方および、この学びのためにご奉仕くださった先生方はじめとして神学生の皆様方に感謝いたします。